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9月10日、あの豪雨。数十年に一度という大災害。小山市にある妻の実家は側を流れる思川の支流が氾濫し、地域全体が水没しました。新居は床下浸水、生まれ育ったお店のあるお家は床上浸水・・・。どなた様にとってもたいへんな体験となりました。あなた様はもとより、ご実家やご友人の中にも罹災された方が多いかと思います。こころよりお見舞い申し上げます。

《なにかあった時こそ》

平時には見えないものが、何か起こった時に見えたりするものです。今回の水害もそうでした。私は翌11日、小山に行きました。周囲の混乱状況は、テレビ等で報道されている通りでした。近所では皆が声を掛け合っていました。『たいへんでしたねぇ。』『お宅はだいじょうぶ?』『何とかするしかないものねぇ!!』・・・その言葉の中にはネガティブな言葉はなく、自然災害を『甘受する』、甘んじて受け入れる姿がありました。

市職員やボランティアの皆さんの献身的な姿にも心打たれました。親戚の方が汗を流す姿にも感動しました。川をひとつ挟んで被災地。自分だけ『ラッキー』なんて思っているような人はいませんでした。

いろいろあったに違いありませんが、こんな時にこそ、在りたい自分で在りたいものです。

《やっぱり行きました富士登山》 0827df174774dfa526433122c4c3709c

『2015北澤工務店ゆるゆる富士登山』は前号でもお伝えした通り中止となりましたが、やっぱりどうしても行きたくて行きたくて・・・。で、有志を集いまして、行ってまいりました、富士登山。それも最終の最終、9月12日13日。。。富士宮口、御殿場口、須走口共にほとんどの山小屋は閉まってしまいましたので、吉田口で決定です。

メンバーは3年連続参加のIさん、なんと72歳。当時小学生だったOB施主様のお嬢様Kさんとご友人のSさん。人生に対して悶々中の17歳の若者M君と私の合わせて5人。前日までダブル台風の影響を受けてひどく荒れていた富士山でしたが、当日は快晴で絶好の登山日和となりました。
寝坊したM君を起こしに行って出発したのが午前4時半。休み休み8時半に吉田口到着。最終の土日とあって吉田口五合目は大変込み合っていました。1時間の高度順応をした後出発。いよいよ始まりました。

 

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  お盆を過ぎてからというもの朝晩がすっかり涼しく感じられるようになり、ガラリと陽気が変わってしまったかのようです。今夏のあの体温を超えるほどのうだるような暑さ!!『危険な暑さ』なんていう言葉を幾度も耳にしました。南国にあるスコールのような集中豪雨や、竜巻のような現象も多く見られました。

穏やかで美しい季節がやってきます。いかがお過ごしですか。

《富士登山 中止》                                                          

今年の『北澤工務店ゆるゆる富士登山』。予定していた7月28日29日は台風12号の影響で延期。がしかし延期したその8月25日26日は、なんと8年ぶりという台風15号16号の双子台風が!!一度延期したこともあり、参加者のご家族のことや勤務先のことや大きなお金をかけて購入したであろう登山用品等々悩みに悩んで、、、中止にしました。個人的に少人数で動くならば行き当たりばったりでもいいのですが、20人を超える老若男女の団体ですから無理は禁物、安全第一です。ほんとうに残念!!!

この中止という『決断』についてちょっと書いてみたいと思います。

ぼくは『決断』したつもりでした。山小屋や温泉会館やバス会社にキャンセルの連絡を入れ、参加者の皆さんに電話をしました。惜しむ声も多くありましたが、双子台風とあっては仕方ありません。

しかしその双子台風、次第に進路を大幅に変えて行ったんですね。速度も遅くなったり早くなったり。週間予報というのはほんとうに微妙で異なる。ネット上に広がっている数々の天気予報を見比べました。予報は一様じゃない。その予報も二点三転する。もしかすると16号は太平洋を東に消えて行き、15号は中国大陸に抜けていく・・・そうなれば日本はぽっかりと晴れるかもしれない・・・もしかしたら富士山に登れたんじゃないか・・・皆に『登れたじゃん!!』とか言われちゃうかも・・・。

日を追うごとに天気予報を見入る自分がいました。そしてあろうことか、その25日26日が悪天候になることを念じている?期待している自分がいたのです。26日、予報で山頂付近風速21m/sと雨傘マークが横殴りになっているのを見て、ひとりニタッとして胸をなでおろしているおさむ。性格悪る~!!でも結局25日は登山日和。夕方から明け方にかけて荒天だったものの、26日は美しいご来光が!!!富士山ライブカメラでつぶさに確認しながらがっかりしているあたくし、、、挙句にそれが別の日の好天時の録画だったことを知ってまた得意になって・・・チョーー性格悪る~!!!!

《学び》

ふう~。。。ちょっと冷静になって、冷静になって。              

ぼくは『決断』していませんでした。中止を『決めただけ』でした。決めただけでは前述のように『悩み』に陥ることを改めて体験として学びました。

『決断』とは、目の前にあるあらゆる選択肢の中からこれぞというものを決めたなら、その他の選択肢をどんなに惜しくても、どんなに困難でも、『断ち切る』ことが大切なんだ。

あらゆる選択肢の先には問題が起こる。問題が起こったときに断ち切れていないと、悩む。あっちの選択肢の方が良かったんじゃないか。そっちの選択肢の方が正しかったんじゃないか、楽だったんじゃないか・・・と。

選択に迷ったとき、決めることが大切なのではない。あらゆる選択肢の中から熟慮してこれぞと決めたなら、他の選択肢をどんなに惜しくても、どんなに困難でも『断ち切る』ことが大切なんだ。

今回は『富士登山の中止』という些細な事?ではあるけれども、人生というステージにおける様々な出来事に対しても全く同じであると確信したのです。

例えば結婚。2年経ち3年経ちすれば、お互いのいいところばかり見えるというわけにはいかない。嫌なところも見えてくる。がまんならないことも起こってくる。そんな時に『決断』できていないと『迷う』。こんなはずではなかった、別の選択肢の方がよかった、、、と。

例えば会社。ひとつの会社を選択して入社する。入社してしばらく経つと必ず問題が起こる。受け入れがたい困難が起こる。その時に他の選択肢を断ち切れていないと迷う。あっちのほうが良かったんじゃないか、こんなはずじゃなかった。。。迷っているところに追い打ちを掛けられ、会社を辞める。がしかし、次の会社でも残念ながら必ず問題が起こる、困難が起こる。また辞める・・・。他の選択肢を断ち切れていないとその繰り返しをしてしまう。

ある商品を買った時もそう。買ってしまったのに他社のチラシを見て残念に思ったり得意になったり・・・。人生は決断の連続、という言い方をする人もいるくらい選択の連続を強いられる日常。その時に大切なことは、『断ち切る』という生き方、心構えなんだ。

『一所懸命』という言葉があります。最近は『一生懸命』と書く事もあるようですが、本来は『一所懸命』。この『ひとところにいのちをかける』という生き方は、決断という生き方、断ち切るという生き方からしか生まれてこないと思うのです。そんなことを改めて今回の『富士登山中止』で学んだのでした。

でも、、、渦中に居るときはほんと、迷うものだなぁ。。。(^_^;)

《北澤工務店感謝祭》                                                           2014.11北澤工務店祭り

昨年たいへん賑やかに、龍ケ崎森林公園で開催したバーベキュー大会。実に多くのお客様と職人のふれあいの場を持つことができました。40年前に新築工事をさせた頂いた当時20代だったOB施主様や、10年20年を経て立派に成長されたお客様家族、子供たちの姿・・・。北澤工務店の在りたい姿をしみじみと感じた、幸せな時間と空間でした。

今年はそのバーベキュー大会を『北澤工務店感謝祭』として11月3日(祝・火)に開催することに致しました。OB施主様にはご招待券を同封させていただきましたので、どうぞお気軽にご家族の皆様そろってお越し下さい。

昨年同様美味しいお肉はもちろんなのですが、いつもアイディア満載企画担当?の黒木さんが『鳥の丸焼きをやりましょう!』などとおっしゃいまして・・・。ニワトリを丸ごと串に刺してくるくるやるのだそうです。ぼく自身も経験がないので事前に会社前で予習をすることになりました。『お肉はパックに入っているもの』としか思えない私らにも、生き物に感謝するといいますか、たいへんいい機会になると思います。。。

2014.11北澤工務店祭り

《消費増税を前に》

平成29年4月に消費税が10%に引き上げられる予定です。5%から8%に引き上げられた現在でも、何かひとつ購入する度に『いやー、税金って重いなぁ!』なんて感じています。家族で外食しても毎度びっくり。それが10%となると、、、。

北澤工務店でもにわかにそのような動きが出ています。消費増税前に新築をしたい、リフォームをしたい、というご相談が少しづつ増えています。消費税10%となれば100万円の工事で10万円の税金。2000万円の工事で200万円の税金です。税金は国家経営の血液ですから当然なのですが、いずれ新築なりリフォームなり計画されるのであれば、できるだけ個人の支出は少ないに越したことはありませんね。

そんな中でおすすめしたいのは、『早めに動く』ということです。『駆け込み』はできるだけ避けたほうがいいです。駆け込み時期(平成28年10月頃から)はどうしても現場がガチャガチャします。納期が乱れたり職人が不足したり。そこにかかってしまいそうならば、割り切って2%税金が増えますけれども、落ち着いた頃に取り掛かったほうが賢明です。

ご自身やお知り合いで思う方がいらっしゃいましたら、いつでもご連絡・ご相談をお待ちしております。

梅雨も明け、真夏がやってきました。連日33℃とか35℃という酷暑が続いています。よく『昔はこんなんじゃなかったよねぇ!?』と話題に上りますね。確かに私が小学生の頃は30℃を超える日というのがとてつもなく暑い日で、季節に数日あるくらいだったと記憶しています。ところが近年では、地域によっては40℃を超える勢い!!『熱中症』という聞き慣れない言葉が一般化して、毎年死者を出すに至っています。とにかく水分補給と休養をしっかりとらなくてはなりませんね。いかがお過ごしでしょうか。

《こころの中のおばちゃん》

私は小さい頃から今に至るまで、思えばいつもこころの中におばちゃんがいたなぁ、と思います。初めのおばちゃんは祖母でした。両親はいつも仕事でしたから、家に帰ると祖母と一緒でした。寝るのも祖母と一緒でした。東京大空襲の話や昔からのことわざを教えてくれました。後から聞けばたいへんな苦労をした明治の女性だったのですが、私にとっての祖母は、賢くて優しくてあったかい存在でした。

山梨の航空高校に入学すると、『こっぺのおばちゃん』が私のこころの中のおばちゃんとなりました。航空高校は軍隊式の大変厳しい寮生活。親元を離れた15歳の私らにとって、門外にある小林商店(通称こっぺ)のおばちゃんとの交わりは、唯一の安らぎでした。菓子パンとジュースとカップ麺・・・たいした売り物はないのですが(^_^;)、いつも笑顔で元気で、みんなこっぺのおばちゃんに会いたくて通ったのでした。

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あっという間に一年の半分が過ぎました。つい最近『明けましておめでとうございます!』なんて言っていたような。つい最近卒業式とか、桜の季節です・・・なんて言っていたような。時間が経つのは、ほんとうに早いものです。7月になりました。いかがお過ごしでしょうか。

今月は『教育勅語』と『逆・教育勅語』について書いてみたいと思います。

《教育勅語》

『教育勅語』というと、どのような印象を持たれているでしょうか。ぼくは、『軍国主義の象徴』『触れてはいけないもの』『暗くて怖いもの』という印象を強く持っていました。人をがんじがらめに縛りつける暗~いイメージ・・・。

知らないのにジャッジしている自分がいました。右翼だ左翼だと勝手に決めつけていました。知らないのに。。。ちょうどタイミングよく、父が小学校時代に使っていたという現物を手にしました。当時は暗唱させられたのだそうです。その時のエピソードを聞くうちに、益々本当のことを知りたくなりました。まずは知ることから始まるんですね。ジャッジはその後です。

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教育勅語は明治23年10月30日に発布されました。この時期がまた絶妙ですね。簡単に書いてしまうのも気が引けますが、鎖国の江戸時代から明治維新によって西洋文明が世の中を折檻していくわけです。どんどん新しい日本に変わっていく。古い日本よりも新しい西洋だったわけです。けれど行き過ぎた西洋化、カタチばかりの西洋化は日本中を混乱させていきました。その時代の要請として、本来の日本人としての在り方や道徳観を明治天皇が語りかける形で文章化したものが『教育勅語』です。下記が本文ですが、読みづらいので飛ばしても・・・(^_^;)

教育ニ関スル勅語

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ 我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ 兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ 修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無 窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス 又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所 之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々 服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日 御名御璽

 

口語訳(明治神宮HPより)                                                 05202015_537b39505484a

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

いかがでしょうか。これが軍国主義でしょうか。危険思想でしょうか。暗くて怖い世界でしょうか。。。

《12の徳目》

教育勅語には12の徳目が書かれています。

1.父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)

2.兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)

3.夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)

4.朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)

5.恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)

6.博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)

7.學ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)

8.以テ智能ヲ啓發シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)

9.德器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)

10.進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)

11.常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ (法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう)

12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機があったなら自発的に国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

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これが教育勅語です。そのまま素直に読み取れば、日本人として当たり前当然のことが明確に書かれているのです。12番目の『一旦緩急アレバ・・・』だけをピックアップして云々言うのは的外れであることがよくわかります。しかしそれも『国家』として考えてみれば世界中共通の価値観であると思うのです。アメリカ合衆国の国歌は、フランスの国歌は、中華人民共和国の国歌は、世界中の国家は、もっと血生臭い言葉を国歌としているのです。国民である以上、当然の気概なのです。

さらに教育勅語が素晴らしいのは、上から目線の押し付け道徳ではなく、最後に書かれている『私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように・・・』という部分。

覚えていらっしゃる方も多いと思います、あの東日本大震災の時、両陛下が床に膝をついてお見舞いなさった姿、多くの人命を呑み込んだ海に向かい静かに黙礼される姿・・・『シラス』を実践されているのです。胸が震えます。

《逆・教育勅語》

で!!ここからが本題です!!これはぜひぜひ、必読かと!!

憲政史研究者の倉山満さんという方が、逆説で教育勅語を説明していらっしゃいます。これが実にユニークです。氏のHPから抜粋します。

世の論者、曰く「戦前の日本には教育勅語という危険な思想が蔓延していた。」と。どうやら教育勅語で明治天皇が臣民にお命じになったことは危険思想らしい。そこで、「逆・教育勅語」というのを考えてみた。

1.親に孝養をつくしてはいけません。家庭内暴力をどんどんしましょう。

2.兄弟・姉妹は仲良くしてはいけません。兄弟姉妹は他人の始まりです。

3.夫婦は仲良くしてはいけません。じゃんじゃん浮気しましょう。

4.友だちを信じて付き合ってはいけません。人を見たら泥棒と思いましょう。

5.自分の言動を慎しんではいけません。嘘でも何でも言った者勝ちです。

6.広く全ての人に愛の手をさしのべてはいけません。わが身が第一です。

7.職業を身につけてはいけません。いざとなれば生活保護があります。

8.知識を養い才能を伸ばしてはいけません。大事なのはゆとりです。

9.人格の向上につとめてはいけません。何をしても「個性」と言えば許されます。

10.社会のためになる仕事に励んではいけません。自分さえ良ければ良いのです。

11.法律や規則を守り社会の秩序に従ってはいけません。自由気ままが一番です。

12.勇気をもって国のため真心を尽くしてはいけません。国家は打倒するものです。

いかがでしょうか・・・・。あれれ???今の時代そのものではないか???そんなことを感じた方も多いのでは???

ぼくは単に教育勅語の復活を望んでいるのではありません。ただ、現代、なんかヘンじゃないですか。なんかおかしいじゃないですか。どなたもそう感じているし、なんとかしたいと思っていらっしゃる。このままじゃ日本がおかしくなると思っていらっしゃる。その重大なヒントが教育勅語には、在ると思うのです。『父母ニ孝ニ』なんです。『夫婦相和シ』なんです。明確なんです。それらを逆説で見ればよくわかりますね。

 

《歴史のランナーとして》                                                       hurudokei                 

日本は、世界で最も歴史のある国です。今年で建国2675年です。今上天皇は125代です。ギネスブックにも『最古の国』として登録されているのです。建国の歴史はアメリカ合衆国が239年、イギリスが900年前後、フランスが226年、中華人民共和国が66年・・・・なんです。

子供たちや若者がこの国に生まれたことを誇りに思い、連綿と続く歴史のランナーとして明るく躍々とした人生を走ってほしい。あらぬ自虐的歴史感に縛られた雰囲気を経験として変化成長して行くためにも、ぼくはこれからも学び、伝えていきたいです。

伝え方はそれぞれですね。それぞれのステージで、足元で、伝えていくんですね。

ぼくは、家づくりという仕事を通して、ずっとずっとお客様とつながって、一緒にいろんな体験をして、少しでもよりよい方向になっていくことに貢献したいと思います。

田んぼは満々と水をたたえ、小さな稲の揺れる姿が美しいです。紫陽花間もなく梅雨の季節。いかがお過ごしでしょうか。

私は25歳よりこの建築の仕事をしています。もう23年もやっていることになります。その間お客様や職人の皆さんから言われた言葉の中で、脳裏に焼き付いている言葉がたくさんあります。それらはとてつもなく嬉しい言葉もあれば、どん底に落ちるほどの気持ちになった言葉もあります。思い付くままに書いてみたいと思います。

『おさむくんの未来にかけたんだよ』

北澤工務店に入社後一年間大工仕事を見習い、その後現場監督を2年やり、そして外回りの営業を担当することになりました。営業といってもそう簡単に受注できるわけがありません。受注できない理由を会社の仕組みのせいにしたり父の古い体質に矢印を向け、だから俺は受注できないんだ!と言い訳ばかりしていました。挙句には外回りに行くふりをして仕事をサボり、会社に帰ってきては父に喧嘩を売り、家に帰っては愚痴をこぼす・・・そんな毎日。

兄の紹介でやっと受注に結びつく兆しが見えたのがT様邸。しかし3社相見積もりで我が社が一番高い。でもなんとかしたいと一所懸命関わらせていただきました。訪問の度にお手紙を書き、日光まで一緒に輸入建材の視察に行ったり、とにかくひつこいくらいに関わらせていただきました。そして初めての受注。

その後の工事では恥ずかしいほどミスを繰り返し、散々ご迷惑をおかけしてきたT様とのエピソードは、これまでにも何度かご紹介させていただきました。お引渡し後10年くらいしてからでしょうか、当時を振り返ってT様と談笑しているとき。『北澤さん。うちのお父さんにね、なんで北澤さんに決めたの?って訊いたらね、「おさむくんの未来にかけたんだよ」って。』

ぼくは思わず涙が吹き出しました。この時に感じた自分自身に恥じぬ仕事をこれからもやっていきます。

『北澤さん、生きてて良かったよ・・・』

くも膜下出血により記憶を喪失してしまったF様。障害を持つふたりの子供と共にこれから生きていく励みが欲しい・・・奥様が選んだのは『お家を建てること』でした。

順調に家づくりが進んでいた中盤戦。奇跡的にいのちを取り留めたご主人の記憶も少しずつ回復してきました。そこでぼくはF様ご夫婦が出会った学生時代の思い出の場所に旅に出ることを思い立ちました。長野県の美ヶ原です。

うねうねと続く山並みを進んでいくうちに、後ろ座席からすすり泣きが聴こえてくるようになりました。『北澤さん、そこを右に曲がってくれないか。曲がると池があると思うんだ。』『北澤さん、そこを曲がると・・・・ほら見えてきた!あの電波塔が美ヶ原・・・』F様の記憶がどんどん蘇ってくるんです。一つ一つの記憶を取り戻すたびに涙を流されていました。

その晩、別所温泉に泊まりました。お酒も飲めませんからまるで静かな夕食でした。そんな時Fさんが言ってくださったんです。『北澤さん、おれこいつら道連れにして死のうと何度も思ったよ。でも北澤さん、今日はありがとう。生きてて良かったよ・・・。』

家づくりの仕事をしていて、ほんとうに良かった。家づくりという仕事の意味と価値を深く感じた瞬間でした。

『うちは、振袖なんて着せてもらってないですよ・・・』

社員に仕事を任せ、社員を育てることが社長の仕事、と耳学問を履き違えていたころの私。K様の現場へは足を運ぶことも少なく、難しい収まりや地形地質的に困難が重なり、事故が多発しました。当初は笑顔で受け入れてくださっていたK様ですが、その場しのぎの対応や社員任せの私の対応にいらだちを募らせられました。

そしてまた問題が発生したときのこと。『北澤さん。ぼくは北澤さんを信頼して仕事を頼んだんです。北澤さん・・・うちは、振袖なんて着せてもらってないですよ・・・』悔しさに言葉を詰まらせながら、涙を潤ませながら私に言ってくださいました。

ほんとうに申し訳ない。本当に申し訳ない。自分が甘かった。無責任だった。。。その後、社員や職人と共に床下にもぐり、一緒に汗をかき問題を乗り越えてすばらしいお家が完成しました。あの出来事があったからこそ、K様と深くつながることができました。私自身が北澤工務店の中心として、責任者として、共に家づくりをしていくことの大切さを教えていただきました。

思い出していくといっぱい浮かんでくるものですね。『どーせ専務なんか何もわかんねぇんだから・・・』私がいないと思ってお茶飲みの席で笑ってたK大工さん。『北澤工務店はファミリーです。』と言ってくださったY様・・・・。いっぱい浮かんできます。ぼくにとって『言霊』とも言うべき珠玉の数々を、また機会があったら書いてみたいと思います。

桜の季節もあっという間に過ぎ去り、新緑の季節を迎えようとしています。いかがお過ごしですか。

今回のひとりごとは3月末に企画した『知覧の旅』の報告です。今回は職人及びOB施主様9人と共に行ってまいりました。年度末の平日ということで、参加したいけれど『無理ムリむりい~!』とのお言葉も多く、秋頃にまた改めて画策したいと考えております!またカタロ通信でお伝え致しますので、ぜひご一緒に参りましょう!! shinzitu6

私の知覧や特攻に対する思いは繰り返し述べてまいりましたので、今回はご参加いただいた方の感想を掲載させていただきたいと思います。9人それぞれが、今現代に生きる『糧(かて)』として、貴重な体験をされました。代表で2名の方にお願いしました。どうぞごゆっくりご覧下さい。

 

 

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26年前桜が美しいです。新しい始まりを感じさせる季節です。いかがお過ごしですか。

~~今から26年前のこと。これまでにも何度か書いてきた『日本縦断徒歩旅行』。自分にとっては『生きる意味』を問う命懸けの真剣勝負。沖縄本島から北海道宗谷岬まで徒歩で、『外泊しない・外食しない・車に乗らない』を定めて110日間で歩ききった。~~

昨年の8月10日。突然フェイスブックにメッセージが入った。以下、そのやりとり。

 

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少しずつ冷気が緩んできました。目には見えないけれど、地中では春に芽を吹くための動きが活発になっているのでしょうね。いかがお過ごしでしょうか。

《知覧へのいざない》 pilots_img002

毎年3月になるとぼくの頭の中は『知覧』でいっぱいになります。70年前、特攻作戦が最も激しくなったこの桜の季節、ぜひ今年こそ、一緒に参りませんか。今回のひとりごとはそのご案内です。

『特攻』に興味がなかった頃のぼくは、そういう世界はタブーであり、『怖いお話し』でしかありませんでした。暗黒の世界でした。知ってはいけない過去の汚物でした。・・・でも扉を開いたら、違っていました。そこには鮮やかな『人物』がいらっしゃいました。否、鮮やかでない人物もたくさんいらっしゃいました。まるで私らなんです。特攻隊員のひとりひとりの生き様が、きっと知覧を訪れたひとりひとりに深く濃く語りかけてきてくださるに違いありません。

知覧は旧陸軍最大の特攻基地。ちなみに旧海軍最大の特攻基地は、錦江湾をはさんだ鹿屋ですね。終戦間際には本土防衛と称して九州に限らずあらゆる場所が軍施設となり、『一億総特攻』などという言葉も生まれました。

ピントのズレた話になりますが、パチンコ業が日本でしか成功しないというのも、何か国民性を現しているような気がするんです。勝った記憶が忘れられず、アリガネ全部叩いても注ぎ込んでしまう。いい悪いは別として、やはりぼくら日本人は、そういうDNAを今もなお受け継いでいるのかな、なんて思ったりします・・・すみません。特攻とパチンコとは、例えが良くなかったですね。

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   一年で一番寒い季節になりました。寒いけれども『空気感』が素晴らしい。澄みきった空はほんとうに美しいですね。昨年のあの記録的な積雪もこの時期でしたが、いかがお過ごしでしょうか。

《年末年始のお天道様》

2月になってしまいましたが、年末年始のお天道様のお話しです。  犬吠崎①

12月31日の大晦日午前4時、次男坊しゅうへいとオートバイに跨りました。むちゃくちゃ寒くて、路面も凍っているのではないかと心配でしたが、『365日目の日の出を見たい!』という一心で犬吠崎に向かいました。

風もなくすばらしいお天気でした。その時たまたま立った『初日の出⇒』という場所で記念撮影。地元の方いわく、『明日の元旦は屋台が出るほどの大混雑で、こんなに静かな日の出は見られないよ!』とのこと。次男坊しゅうへいと共に、静かで素晴らしい365日目の日の出を拝むことができました。

その10時間後、家族で牛久沼に沈む365日目の夕日を見つめました。子供たちにいつも言っているんです。『始まりは大切だ。でもな、終わりはもっと大切なんだ。』って。勉強もそう。入社してもそう。結婚してもそう。車を買う時もそう。始めは誰だってがんばるし、始めは誰だって大切にするもんだ。どんなプロセスを経て、どんな締めくくりをするかが最も大切だと思うんだ、って。

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  晴れやかに新年をお迎えのことと存じます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

昨年は『カタロ通信200号』を発行することができました。これからも少しずつ磨きをかけて、北澤工務店の『ほんものの家づくり』をお伝えしていきたいと思います。

【振り返ってみて】

私が北澤工務店に入社して、22年が経ちました。父である社長の後継者として入社しました。特にやりたいことがあったわけでなく、多少の就職活動はしましたが全て不合格。自分の甘えで北澤工務店に転がり込んだのでした。

入社して翌日から『センム』と言われました。馬鹿にされているようで嫌でした。建築に対する知識も経験もありませんでしたから、現場に行っても何も分からず右往左往。職人の皆さんからも『他人のメシを食った経験のないやつは・・・』云々言われました。お客様へ訪問しても対応がちぐはぐでクレームの連続。10年前20年前のやり取りを持ち出されることもしばしばでした。だからお客様へ訪問するのが嫌だった、恐かった。

自分自身は一所懸命だったと思うのですが、空回り。父とも喧嘩ばかり。今思えば私が父と喧嘩できる筋合いはないのですが、自分の不出来を父の古い考えにぶつけていたのでした。父もたまったもんじゃなかったですね(^_^;)。

『研修』という名の勉強もたくさんしました。新しい工法や新しい経営手法、自己啓発の研修もずいぶんやりました。でもなかなかうまくいかない。社員も辞めていく・・・。家づくりの仕事ってなんて辛い仕事なんだ。なんておもしろくない人生なんだ。これが25歳から35歳くらいまでの私です。。。

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