• おさむのひとりごと

  桜が満開となり種々も芽吹き、いよいよ春の到来です。新学期、新入学、新社会人。世の中全体に躍動を感じる季節です。いかがお過ごしですか。

今月から『感性論哲学』を私の主観でお伝えするコーナーを始めました。自分自身、感性論哲学の言葉にどれほど救われ、どれほど励まされたか計り知れません。もしこれらが、ご縁のある方の一助になればうれしいなぁ!そんな思いで始めました。

《世田谷観音》

このひとりごとを書いている今日は3月26日。今週末より『特攻隊に学ぶ知覧の旅』に行ってきます。今回は21名のご参加をいただく予定です。味わい深い旅になりそうです。

全国的に有名な知覧特攻平和会館ですが、その隣に『特攻平和観音堂』があるのをご存知でしょうか。ここに祀られている『夢違観音(ゆめちがいかんのん)』は、特攻の母として慕われたトメさん始め、多くの方の尽力で東京の世田谷観音から分祀されたものです。世田谷観音では今も毎月18日に特攻観音様の月例法要が続けられており、私もなるべく参列できるようにしているところです。

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その世田谷観音の山門前には、大きなお地蔵さまがいらっしゃいます。こちらのお地蔵さま、一般的なお地蔵さまよりも少し険しいというか、厳しいというか、、、そのような表情をされていて、お名前を『代受苦地蔵菩薩(だいじゅくじぞうぼさつ)』といいます。我々が今生体験する様々な苦難や苦しみを身代わりとなって受けてくださるお地蔵さまだそうです。clip_image006

10年ほど前、(財)特攻戦没者慰霊顕彰会が『特攻勇士の像』を世田谷観音に建立することになりました。世田谷観音には菊の御紋に覆われた立派な特攻観音堂があり、夢違観音様が祀られているわけですから、その近くに特攻勇士の像を建立したいというのが財団の要望でした。しかし、ご住職は首を縦に振りませんでした。『特攻隊の皆さんは、私たちの身代わりになってくださったんです。苦難を私たちの代わりに受けてくださったんです。まさに代受苦地蔵菩薩さんと一緒なんです。』そのようなご縁から、特攻勇士の像はあのお地蔵さまの隣に建立されているのだそうです。

このお話をご住職から聞いたとき、カラダに戦慄(せんりつ)が走りました。平和と飽食を当たり前と思い、それらを貪って(むさぼって)いる私に、改めて目を覚まさせてくださるお言葉でした。これまでも特攻を学んできている私でさえそうなんです。もはや特攻は特異な歴史でしかなく、学校でも教えない、社会でも作為に富んだ情報ばかり流す、家庭ではそのような会話は皆無の現代において、未来ある子供たちはどうなってしまうのか。居ても立ってもいられなくなるのは私にとって当然の感覚なのです。だからこそ、ご縁のある方を知覧にご案内したいのです。

写真後ろが代受苦地蔵菩薩、左に特攻勇士の像。clip_image008写真中央のお二人は呉正男先生と大穂孝子先生。呉先生は滑空飛行戦隊の操縦士です。グライダーで沖縄の敵陣地に強行着陸し、20数名の滑空歩兵が斬り込んで敵兵力を破壊するという作戦の特攻隊員でした。出撃すれば十死零生です。滑空歩兵が不足し、終戦によって生還されました。大穂先生は、あの小澤治三郎連合艦隊司令長官のご息女です。

私たちは歴史を単なる過去のもの、勉強科目のひとつ、と思いがちです。しかし私は違うと思っています。特に近現代史はまるで作為的に歪められています。現代の世相を見るに付け、それらによってまるで骨抜きにされた日本人に成り下がっている感が否めないのです。私は一介の工務店オヤジですが、共感してくださる方と共に、これからも学び続け、伝え続けていきたいと思います。

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